金沢の庭園ガイド ~武家文化と北陸の風土が育んだ名園の魅力~
城下町金沢は大きな戦災を免れたことから、江戸時代から近代にかけて造られた多彩な庭園が、今も市内各所に大切に残されています。
武家文化、茶道、そして職人の技。 これらが溶け合う金沢の庭園には、自然と「静かな美しさ」と厳しい風土の中で育まれた「しなやかな美しさ」が満ちています。庭園を巡るほどに物語がつながっていく、金沢の庭園文化の魅力を紐解いていきましょう。
▶金沢の庭園文化(概要)
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaihogoka/gyomuannai/3/1/4/29956.html
1.北陸の気候が創り出した「用と美」
金沢には「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるほど雨が多く、冬は重い雪に包まれます。この厳しい自然条件を、金沢の人々は知恵と工夫によって美へと昇華してきました。
・輝く「苔」の絨毯
高い湿度は、庭園の美しさを支える「苔」を瑞々しく育てます。兼六園には数十種類の苔が生育しているといわれ、一年を通して深い緑の絨毯が広がります。雨上がりにしずくを湛えて輝く緑は、晴天の日よりも幻想的です。
・冬の芸術「雪吊り」
水分を多く含んだ重い雪から枝を守る知恵、それが「雪吊り」です。11月から3月まで街の至る所で見られるこの円錐形のシルエットは、今や金沢の冬を象徴する風景として親しまれ、機能と造形美を兼ね備えた冬の芸術となっています。・雪国の知恵「薦(こも)がけ」
土塀を凍結やひび割れから守るため、藁(わら)で編まれた薦(こも)を掛ける冬支度。雪の水分が直接土塀に触れるのを防ぎ、土塀の寿命を延ばすという大切な役割を果たしています。毎年12月初旬、長町武家屋敷跡などで庭師たちが手際よく薦を設置する姿は金沢の冬の風物詩。藁の温かみのある自然の黄土色が、武家屋敷跡の風景と見事に調和します。
金沢の庭園文化【Episode1:雪国の知恵 ―用と景の追求―】
2.「水」と「高低差」が織りなす、先人の知恵と街の造形
金沢の街には、防火や農業、物資の運搬等に活用された55本の用水(運河)が、今も網の目のように市内を流れています。この豊かな水系と、台地が生み出すダイナミックな高低差。これらが組み合わさることで、金沢の庭園には独自の命が吹き込まれています。
兼六園と辰巳用水の「科学」
兼六園から約10km以上離れた犀川(さいがわ)の上流から引かれた「辰巳用水」。霞ヶ池など大きな池を満たし、曲水(小川)として園内を巡ります。
園内の「日本最古とされる噴水」は、ポンプを使わず、水の高低差による圧力(逆サイフォンの原理)のみで水を噴き上げています。
さらに、兼六園と金沢城の間の深い溝(百間堀)の底に管を通し、高低差を利用して金沢城まで水を届けるなど、江戸時代の驚くべき土木技術が、今も現役で庭を支えています。
大野庄用水と庭園 「武家屋敷跡 野村家」
かつて加賀藩士の屋敷が軒を連ねた長町武家屋敷跡。その街並みを縫うように、金沢最古の「大野庄用水」が流れています。ミシュラン・グリーンガイドで二つ星のこの庭園は、すぐ横を流れる用水を庭の中に引き込んでいます。
特筆すべきは、濡れ縁(縁側)のすぐ足元まで水が入り込む独創的な設計。 濡れ縁の足元まで水が流れ込み、まるで水面に浮かぶかのような一体感を味わえます。 自然と住まいが溶け合う感覚をお楽しみください。
立体的な造形美「玉泉院丸庭園」(金沢城公園内)
元々は、加賀藩主前田家のプライベートガーデンでした。最大の特徴は、小立野台地の先端という地形を活かした、約22メートルもの高低差です。そびえ立つ石垣の力強さと、その足元に広がる静かな池との対比は、金沢城ならではのダイナミックな景観。毎週土曜日と特定日の夜に行われるライトアップでは、光に照らされた石垣が夜闇に浮かび上がり、昼間とは異なる幻想的な「石垣の美」を堪能できます。
傾斜を活かした「西田家庭園(玉泉園)」
加賀藩士・脇田氏が4代100年を費やして完成させた、江戸中期の池泉回遊式庭園です。小立野台地の傾斜を巧みに活かした、上下2段式の立体的な構造が見どころです。園内には、裏千家の始祖・千仙叟宗室の指導によって造られた金沢最古の茶室「灑雪亭(さいせつてい)」が現存しています。
金沢の庭園文化【Episode3:水系を生かした作庭(辰巳用水ゆかりの庭園)】
3.加賀藩の美意識と武家文化
金沢が「庭園のまち」として発展した背景には、江戸時代を通じてこの地を治めた前田家の存在があります。徳川幕府に次ぐ大藩であった加賀藩は、幕府からの警戒を避ける意図もあり、武力ではなく、「学問や工芸、茶の湯」といった文化の振興によってその存在感を示そうとしました。歴代藩主が奨励した茶道や能楽などの高い美意識は、城郭や邸宅に設けられた庭園にも惜しみなく注ぎ込まれました。
現在も金沢には、壮麗な「藩主の庭」から、質実剛健な「武士の庭」、そして「足軽の庭」までが大切に守り継がれています。 このように、あらゆる階層に庭園文化が浸透し、今日まで共存していることこそが、金沢の庭園文化の奥行きの深さを物語っています。
Column
加賀藩の家臣団
加賀藩の家臣団は、軍事組織と行政組織の2つを組み合わせたもので5代藩主綱紀によって編成されました。
藩主に次ぐ「八家(はっか)」から「平士」までの階層は、藩主へのお目通しが許されていました。「平士」には、藩士の大部分が属し、幕末の資料によると1,400家を数えました。知行高は、最小80石から最大2400石におよびました。(旧加賀藩士高田家の案内「前田家の家臣団と平士」より抜粋)
また、「足軽」とは戦闘時に駆り出される歩兵のことを指しています。戦国時代には弓・鉄砲の部隊を編成して活躍しましたが、加賀藩では武士の最下層に位置付けられていました。

3-1. 大名庭園(藩主の庭):権威と格式の象徴「兼六園」「成巽閣庭園」
日本三大名園「兼六園」
かつて藩主がプライベートに楽しんだ別邸庭園であり、加賀藩のトップのみに許された「大名庭園」として発展しました。
兼六園の真価は、その美しさだけでなく、随所に隠された「知恵と技術」にあります。
兼六園を“庭園文化”の視点で味わう5つのポイント
1. 理想の調和「六勝」
「宏大(広大さ)」「幽邃(幽玄)」「人力 (人の手による美)」「蒼古」「水泉(水の趣)」と「眺望」。簡単には兼ねることのできない6つの景観を一つに収めた、日本庭園の集大成を体感してください。
2. 冬の造形美「雪吊り」(11月~3月)
重い雪から枝を守る実用の技が、冬限定の幾何学的なアートへ。自然の脅威と向き合い、共生してきた雪国の精神が息づいています。
3. 誇り高き「迎賓の舞台」
池の周りを歩きながら景色を楽しむ「池泉回遊式」は、客人をもてなすための仕掛け。茶屋や水辺、木々の配置に、百万石の美意識が息づいています。
4. 科学が支える「用水の技」
今から約400年前、10km以上離れた犀川上流から水を引いた「辰巳用水」。電気もポンプもない時代に、水の高低差による圧力(逆サイフォンの原理)だけで水を噴き上げる驚異の土木技術が今も庭を支えています。
5. 時を刻む「苔の美学」
数十種の苔が織りなす緑の絨毯。雨の日にいっそう輝くその姿は、日本庭園が大切にする「静寂」と「時間の積み重ね」を象徴しています。
大名正室の御殿「成巽閣(せいそんかく)」の庭園
成巽閣は、加賀藩13代藩主・前田斉泰が母のために建てた奥方御殿で、兼六園に隣接しています。大名正室の御殿として国内唯一現存する貴重な建築で、「つくしの縁庭園」「万年青の縁庭園」「飛鶴庭」および「前庭」の4つの庭園が国の名勝に指定されています。
1. 「つくしの縁(えん)庭園 」
・「縁側」からの視点を極めた設計:長さ約20mにわたり、柱が一本も使われていない特殊な構造により、非常に開放感のある空間を生み出しています。視界を遮るものがない庭園は、まるで一枚の絵画のように美しく切り取られます。
・用水の遣水と庭を飾る植栽:庭園を流れるのは、兼六園と同じ「辰巳用水」から引き込まれた用水です。縁側の先には、オモトや満天星(どうだん)ツツジなど四季折々の植栽が配されています。また、庭園を訪れる小鳥たちのさえずりを愛でるため、あえて水音を抑える工夫が施されており、前田家の奥深い美意識を感じることができます。
2. 「飛鶴庭」
・雪国を彩る意匠:漆喰で美しく仕上げられた広い縁側には趣深い自然石が配されています。
・中間スペース「土縁(どえん)」が生み出す実用美:「土縁(どえん)」とは、土間に面した縁側空間のことで、外側の板戸の開け閉めで、「屋内」にも「屋外」にもなる「中間のスペース」としての役割を持っています。茶道が盛んな金沢では、飛び石や手水鉢を設えて「露地」の役割を持たせ、雪や雨の日には、土縁の外側の戸を閉めることで、露地の情緒を楽しみながら濡れることなく移動できる実用的かつ風雅な設計となっています。(飛鶴庭の見学には事前に予約が必須です。)
3-2.「重臣」の庭:大名をも凌ぐ圧倒的な風格「松風閣庭園」
上級武士が残した庭園は、格式の高さと洗練された趣味を兼ね備えています。
松風閣(しょうふうかく)庭園
加賀藩主・前田家を支えた最高位の家臣「加賀八家(かがはっか)」。その一角である本多家は、家臣でありながら、一般的な大名を上回る「5万石」という破格の知行高を誇りました。その下屋敷にあるこの庭園は、著名な茶人・金森宗和の息子が加賀藩に仕えたことから、その指導を受けて作庭されたものといわれています。
邸宅の中にこれほど壮大な自然を所有し、文化の粋を尽くせた事実は、筆頭家老・本多家の権威を物語っています。
3-3. 平士(一般武士)が愛した暮らしと庭の調和 ―「千田家庭園」「武家屋敷 寺島蔵人邸」「旧加賀藩士高田家跡」
加賀藩の家臣団の中で、その大部分を占めていたのが「平士」と呼ばれる一般武士たちです。知行(給料)は80石から2400石程度。加賀藩の中核を担った武士たちの屋敷には、限られた空間の中で築かれた武士らしい気品と誇りが凝縮されています。
用水と共生する「千田家庭園」
長町武家屋敷跡にあるこの庭園は、旧加賀藩士・千田登文により作庭されました。大野庄用水から直接水を引き込み、庭を巡らせて再び用水に戻すという、街のインフラと庭園が一体化した最古の形態を今に伝えています。季節毎に訪れる小鳥や犀川から紛れ込んだ魚たちが庭園を賑わします。
武家屋敷 寺島蔵人邸「乾泉」
庭園の名称「乾泉」は、あえて水を張らない「枯池(かれいけ)」を設けたことに由来しています。この枯池を中心に広がる池泉回遊式庭園は、武士であり画人でもあった寺島蔵人の美学を感じます。秋には樹齢300年を超えるドウダンツツジが鮮やかに庭を染め上げる一方で、実用的な側面も忘れてはいません。当時の武家屋敷では、天災や飢饉に備えて「兵糧」となる果樹を植えるのが一般的でした。寺島邸でも、今なお柿や栗などを含む約200本の木々が植えられており、四季の彩りとともに、厳しい時代を生き抜く武士の知恵を現代に伝えています。
旧加賀藩士 高田家跡
ひときわ目を引く長屋門が、武家の威信を物語ります。大野庄用水を引き入れた池を中心に、限られた空間を広く見せるための「曲水」や「植栽」の配置が見事です。
金沢の庭園文化【Episode3:水系を生かした作庭(大野庄用水ゆかりの庭園)】
3-4. 足軽の実用的な庭園 ―「足軽資料館」
足軽は封建時代の日本の歩兵で、加賀藩の武士階級の中で最下層に位置づけられていました。
長町武家屋敷跡にある足軽資料館では、江戸時代の貴重な足軽屋敷2棟が移築再現されており、彼らの質実剛健な暮らしぶりを間近に見ることができます。
天災や飢饉に備えて、庭には柿や梅などの「果樹」を植え、さらに水分の多い柿や無花果を屋敷の境に植えることで、隣家からの火災の延焼を防ぐ役割も持たせていました。素朴な庭の景色の中に、時代を生き抜くための驚くべき知恵と合理性が隠されています。
旅の締めくくりは、庭園で「一服の茶」を
金沢の庭園文化は、茶道と深く結びついています。多くの名園には茶室が併設されており、季節の和菓子とともに抹茶を楽しむことができます。 庭を眺め、水の音や雨音に耳を澄ませるひととき。それこそが、時代を超えて受け継がれてきた「金沢の真髄」に触れる瞬間です。
金沢城公園「玉泉庵」 :金沢城公園の玉泉院丸庭園にある茶室で、美しい庭園を眺めながら優雅なひとときを。
兼六園「時雨亭」 :江戸時代、日本で一番古いといわれる噴水前にあった御亭を移設し再現。茶室建築の第一人者・中村昌夫氏が手掛けた名建築も見どころです。
兼六園「三芳庵」 :瓢(ひさご)池の畔で、翠滝(みどりだき)の涼やかな音を聞きながらいただく一服は格別です。
西田家庭園玉泉園「灑雪亭(さいせつてい)」 :裏千家の祖・仙叟宗室が指導したとされる金沢最古の茶室。歴史の重みを感じる空間です。
武家屋敷 寺島蔵人邸「乾泉亭」 :庭園を眺めながら、寺島家の家紋をかたどった特製の落雁とともに、画人の美意識に浸れます。
中村記念美術館「喫茶室」 :お好みの茶器を選べるのが嬉しいポイント。一面の苔庭を眺めながら、心穏やかな時間を過ごせます。
武家屋敷跡 野村家「不莫庵」 :2階の茶室から見下ろす名園は圧巻です。
一井庵(いっせいあん):老舗料亭「大友楼」の敷地内にあり、かつて加賀藩の茶道教授所(指導場所)として使われていた由緒ある茶室。端正に整えられた露地(茶室に付随する庭)の景色を楽しみながら、加賀藩が重んじた「茶道」の歴史と品格を感じる空間です。
庭園が語る、もう一つの金沢物語
金沢の庭園を巡る旅は、単に美しい景色を探す旅ではありません。 それは、日本海側特有の厳しい自然と向き合う知恵、職人の研ぎ澄まされた技と美学、そして誇り高く生きた武士たちの精神に触れる旅です。
雨の日にはしっとりと濡れた苔の深緑に。 冬の日には、雪の重みに耐え、凛と立つ雪吊りの機能美に。そして、茶室でいただく一服の温かさに。かつての主(あるじ)や庭師たちが庭に込めた「静かなる情熱」を感じたとき、今までとは違う金沢の姿に出会えるはずです。
紹介したスポットをマップで見る
- 金箔雪吊りライトアップ
- 西田家庭園 玉泉園
- 長町武家屋敷跡 千田家庭園
- 大野庄用水
- 玉泉院丸庭園
- 金沢城公園・玉泉院丸庭園
- 大野庄用水
- 武家屋敷跡 野村家
- 西田家庭園 玉泉園
- 長町武家屋敷跡 千田家庭園
- 兼六園
- 成巽閣
- 金沢城公園・玉泉院丸庭園
- 3-2.「重臣」の庭:大名をも凌ぐ圧倒的な風格「松風閣庭園」
- 旧加賀藩士高田家跡
- 長町武家屋敷跡 千田家庭園
- 武家屋敷 寺島蔵人邸
- 金沢市足軽資料館
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