金沢の日本庭園・名園ガイド ~兼六園・玉泉園・野村家など、武家文化と北陸の風土が育んだ庭園の魅力~

城下町・金沢には、兼六園をはじめ、玉泉院丸庭園、成巽閣、松風閣庭園など、江戸時代から近代にかけて造られた多彩な日本庭園が残されています。

金沢の庭園の魅力は、加賀藩の武家文化や茶道、北陸の雨や雪、豊かな水と地形が庭園の景観や造りに生かされていること。

さらに、金沢市内を流れる用水は庭園の池や滝、曲水などにも取り入れられ、城下町の地形と水環境を生かした庭づくりが発展してきました。

本記事では、「北陸の風土」「水と高低差」「加賀百万石の武家文化」「茶道」という4つの視点から、金沢の庭園の魅力をご紹介します。

「金沢で日本庭園を訪れたい」「金沢の武家文化や庭園文化を深く知りたい」という方にもおすすめの庭園巡りガイドです。


▶金沢の庭園文化とは?

金沢の庭園文化とは、加賀藩の武家文化、茶道、造園技術、そして北陸の雨や雪、豊かな水系や地形を生かして育まれてきた庭園文化です。

▶歩いてめぐる金沢の庭園文化(PDF)

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1.金沢の日本庭園が美しい理由:北陸の気候が育んだ「用と美」

  • 兼六園 山崎山の青葉モミジと苔

  • 兼六園 緑の絨毯(苔)

  • 雪吊り作業風景(©石川県観光連盟)

  • 兼六園雪吊りライトアップ(©石川県観光連盟)

  • 長町武家屋敷跡(12月頃~3月頃)

金沢には「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるほど雨が多く、冬は重い雪に包まれます。こうした自然条件に向き合いながら、金沢の人々は暮らしの中にさまざまな知恵や工夫を取り入れてきました。

金沢の庭園を訪れると、雨、雪、湿度といった北陸の風土が、庭園の景観と深く結びついていることに気づきます。 


雨上がりに輝く「苔」の緑の絨毯  

高い湿度は、庭園の美しさを支える「苔」を瑞々しく育てます。

兼六園には数十種類の苔が生育しているといわれ、一年を通して深い緑の絨毯が広がります。特に雨上がりには、水滴を湛えた苔が、晴れた日とはまた違った幻想的な表情を見せます。


冬の風物詩、枝を雪から守る「雪吊り」 
水分を多く含んだ重い雪から枝を守る知恵、それが「雪吊り」です。11月から3月まで街の至る所で見られる円錐形のシルエットは、今や金沢の冬を象徴する風景。雪国の暮らしから生まれた実用の技術が、冬の景観を形づくっています。


雪国の知恵「薦(こも)がけ」 
土塀を冬の凍結やひび割れから守るため、藁(わら)で編まれた薦(こも)を掛ける冬支度です。雪の水分が直接土塀に触れるのを防ぎ、土塀の寿命を延ばすという大切な役割を果たしています。毎年12月初旬、長町武家屋敷跡などで庭師たちが手際よく薦を設置する姿も金沢の冬の風景の一つです。藁の温かみのある自然の黄土色が、土塀の風景と見事に調和します。

金沢の庭園文化【Episode1:雪国の知恵 ―用と景の追求―】

2.金沢の庭園と用水:「水」と「高低差」が織りなす景観

  • 武家屋敷跡 野村家

  • 大野庄用水

  • 玉泉院丸庭園

  • 土木技術

  • 日本最古とされる噴水(兼六園内)

  • 武家屋敷跡野村家

  • 西田家庭園(玉泉園)

金沢の街には、防火や農業、物資の運搬等に活用された55本の用水(運河)が、今も網の目のように市内を流れています。武家や町人の庭にも水が取り入れられ、池、滝、曲水などの庭園景観を生み出しました。 金沢市の庭園文化を特徴づけるのが、こうした豊かな水系と台地が生み出す高低差を生かした作庭です。 


兼六園と辰巳用水 ~江戸時代の「科学」~

兼六園には、約400年前に造られた辰巳用水の水が引かれています。辰巳用水は犀川上流から水を引き、兼六園の霞ヶ池などに水を供給しています。

園内にある「日本最古とされる噴水」は、水の高低差による圧力を利用して水を噴き上げる仕組みで、ポンプなどの動力を使わないことで知られています。

また、兼六園と金沢城の間にも用水を通すなど、江戸時代の高度な土木技術が、庭園と城を支えていました。美しい景観の中に、当時の人々の知恵と技術が組み込まれています。 


大野庄用水と庭園 「武家屋敷跡 野村家」

かつて加賀藩士の屋敷が軒を連ねた長町武家屋敷跡。その街並みを縫うように流れているのが、金沢最古の用水「大野庄用水」です。「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で二つ星を獲得したこの庭園では、この用水の水を庭に引き込んでいます。建物の縁側近くまで水が入り込むことで、建物と庭、用水が一体となった独特の空間をつくり出しています。 庭を眺めるだけでなく、用水と建物と庭が一つにつながる感覚を味わえるのが、この庭園の魅力です。


22メートルの高低差と石垣美「玉泉院丸庭園」(金沢城公園内)

金沢城公園内にある玉泉院丸庭園は、かつて加賀藩主・前田家のプライベートガーデンでした。小立野台地の先端という地形を生かし、約22mも高低差を利用した立体的な景観が特徴です。力強い石垣と、その足元に広がる池。金沢城ならではの地形が庭園の景観にも生かされています。毎週土曜日や特定日の夜にはライトアップも行われ、幻想的な「石垣の美」を堪能できます。


高低差を生かした二段構成と最古の茶室 「西田家庭園(玉泉園)」

加賀藩士・脇田家が4代100年をかけて創った江戸中期の池泉回遊式庭園です。台地の傾斜を巧みに利用した上下2段式の立体的な構造が特徴で、庭を歩くことで景色が次々と変化します。 園内には、裏千家の始祖・千仙叟宗室の指導によって造られたされる金沢最古の茶室「灑雪亭(さいせつてい)」が現存しており、庭園と茶道文化のつながりを感じられる場所です。 

金沢の庭園文化【Episode3:水系を生かした作庭(辰巳用水ゆかりの庭園)】

3.加賀百万石の武家文化を感じる金沢の日本庭園 ~藩主から足軽まで~

金沢が多彩な庭園を残す城下町となった背景には、江戸時代を通じてこの地を治めた加賀藩・前田家の存在があります。徳川幕府に次ぐ大藩であった加賀藩は、幕府からの警戒を避けるため、武力ではなく学問、茶道、工芸などの文化が盛んになり、金沢には武家文化を背景としたさまざまな庭園が造られました。 

その特徴は、藩主・前田家の庭園だけではありません。 重臣、一般武士、足軽など、異なる身分の人々にゆかりのある庭園や屋敷が、現在も市内に残されています。

庭園を「誰の庭だったのか」という視点で巡ると、金沢の歴史をより立体的に見ることができます。

Column

加賀藩の家臣団

加賀藩の家臣団は、軍事組織と行政組織の2つを組み合わせたもので5代藩主綱紀によって編成されました。

藩主に次ぐ「八家(はっか)」から「平士」までの階層は、藩主へのお目通しが許されていました。「平士」には、藩士の大部分が属し、幕末の資料によると1,400家を数えました。知行高は、最小80石から最大2400石におよびました。(旧加賀藩士高田家の案内「前田家の家臣団と平士」より抜粋)


また、「足軽」とは戦闘時に駆り出される歩兵のことを指しています。戦国時代には弓・鉄砲の部隊を編成して活躍しましたが、加賀藩では武士の最下層に位置付けられていました。

3-1. 【加賀藩主・前田家の庭園】:権威の象徴「兼六園」と優美な「成巽閣」

  • 兼六園(秋)

  • 兼六園(春)

  • 兼六園(春・ライトアップ)

  • 兼六園(春)

  • 兼六園(初夏)

  • 兼六園(2月後半頃)

  • 成巽閣

  • 成巽閣・飛鶴庭

  • 成巽閣・飛鶴庭

日本三名園「兼六園」

兼六園は、日本三名園の一つとして知られる金沢を代表する日本庭園です。かつて藩主がプライベートに楽しみ、加賀藩のトップのみに許された「大名庭園」として発展しました。

庭園の随所に、先人たちの知恵や技術、美意識が込められています。 


兼六園を“庭園文化”の視点で楽しむ5つのポイント

1. 理想の調和「六勝」

「宏大(広々とした景観)」「幽邃(静かな奥行き)」「人力 (人の手による美)」「蒼古(古びた趣)」「水泉(水の趣)」と「眺望」。簡単には兼ねることのできない6つの景観を一つの庭園に備えることから「兼六園」と名付けられました。 さまざまな魅力が重なり合う、日本庭園の奥深さを感じることができます。 


2. 冬の造形美「雪吊り」(11月~3月)

重い雪から樹木を守る実用の技術が、金沢の冬を代表する美しい景観となっています。 


3. 池泉回遊式庭園と「もてなし」の美

池の周りを歩きながら、場所によって異なる景色を楽しむ池泉回遊式の庭。茶屋や水辺、木々の配置からも、百万石の美意識をうかがうことができます。 


4. 科学が支える「用水の技」

約400年前に造られた辰巳用水の水が庭園に取り入れられています。電気もポンプもない時代に、水の高低差による圧力(逆サイフォンの原理)だけで水を噴き上げる驚異の土木技術が今も庭を支えています。


5. 雨の日に美しい「苔の美学」

数十種の苔が織りなす緑の絨毯。特に雨の日や雨上がりには、苔がしっとりと濡れ、深い緑が際立ちます。 


大名正室の御殿「成巽閣(せいそんかく)」の庭園 

13代当主・前田斉泰が母のために建てた奥方御殿で、兼六園に隣接しています。大名正室の御殿として国内唯一現存する貴重な建築で、庭園も建物と一体となった美しい空間をつくっています。 「つくしの縁庭園」「万年青の縁庭園」「飛鶴庭」および「前庭」の4つの庭園が国の名勝に指定されています。 


つくしの縁(えん)庭園 

「つくしの縁庭園」は、長さ約20mにわたり柱を使わない縁側から庭を眺める構造が特徴です。視界を遮るものがない庭園は、まるで一枚の絵画のように美しく切り取られます。


「土縁(どえん)」が生み出す実用美「飛鶴庭」

「土縁(どえん)」とは、土間に面した縁側空間のことで、外側の板戸の開け閉めで、「屋内」にも「屋外」にもなる「中間のスペース」としての役割を持っています。「飛鶴庭」 では、土縁に飛び石や手水鉢を設えて「露地」の役割を持たせ、雪や雨の日には、土縁の外側の戸を閉めることで、露地の情緒を楽しみながら濡れることなく移動できる実用的かつ風雅な設計となっています。(飛鶴庭の見学には事前に予約が必須です。)

3-2.【重臣(上級武士)の庭】:5万石の圧倒的な風格「松風閣庭園」

  • 松風閣庭園

  • 松風閣庭園

  • 松風閣庭園

  • 松風閣庭園

松風閣(しょうふうかく)庭園

加賀藩主・前田家を支えた最高位の家臣「加賀八家(かがはっか)」。その一角である本多家は、家臣でありながら一般的な大名を上回る「5万石」という破格の知行高を誇りました。その下屋敷にある松風閣庭園は、著名な茶人・金森宗和の息子が加賀藩に仕えたことから、その指導を受けて作庭されたものといわれています。


本多家の格式と、茶の湯をはじめとする文化との関わりが、庭園にも表れています。

3-3. 【平士(一般武士)の庭】:暮らしと美が調和する「千田家庭園」「武家屋敷 寺島蔵人邸」「旧加賀藩士高田家跡」

  • 寺島蔵人邸

  • 寺島蔵人邸

  • 寺島蔵人邸

  • 旧加賀藩士高田家跡

  • 千田家庭園

  • 千田家庭園(6月頃撮影)

加賀藩の家臣団の中で大きな割合を占めていたのが「平士」と呼ばれる一般武士たちです。知行(給料)は80石から2400石程度。彼らの屋敷に残る庭園には、限られた空間の中で自然を取り込み、暮らしと庭を一体にした武家の生活文化が残されています。


用水と共生する「千田家庭園」 

長町武家屋敷跡にある千田家庭園は、旧加賀藩士・千田登文によって明治27年(1894年)から翌年にかけて造られた池泉回遊式庭園です。大野庄用水から直接水を引き込み、庭を巡らせて再び用水に戻す構造で、街のインフラと庭園が一体となった姿を今に伝えています。季節毎に訪れる小鳥や犀川から紛れ込んだ魚たちが庭園を賑わします。


武家屋敷  寺島蔵人邸「乾泉」 

寺島蔵人は加賀藩士であると同時に画人としても知られた人物です。庭園の名称「乾泉」は、あえて水を張らない「枯池(かれいけ)」を設けたことに由来しています。この枯池を中心に広がる池泉回遊式庭園は、武士であり画人でもあった寺島蔵人の美学を感じます。秋には樹齢300年を超えるドウダンツツジが庭を彩ります。 また、当時の武家屋敷では天災や飢饉に備えて「兵糧」となる果樹を植えるのが一般的でした。寺島邸にも、今なお柿や栗などを含む約200本の木々が植えられており、厳しい時代を生き抜く武士の知恵を現代に伝えています。


旧加賀藩士 高田家跡 

ひときわ目を引く長屋門が、武家屋敷の格式を今に伝えています。大野庄用水を引き入れた池を中心に、限られた空間を広く見せるための「曲水」や「植栽」が見事に配置されています。 

金沢の庭園文化【Episode3:水系を生かした作庭(大野庄用水ゆかりの庭園)】

3-4. 【足軽の庭】:生き抜くための知恵と合理性「足軽資料館」

  • 足軽資料館

  • 足軽資料館

  • 足軽資料館

足軽は、加賀藩の武士階級の中で比較的下位に位置づけられた武士です。長町武家屋敷跡にある足軽資料館では、江戸時代の足軽屋敷が移築・再現され、当時の暮らしを知ることができます。 

庭には天災や飢饉などに備えて、柿や梅などの「果樹」を植えられ、火災の延焼を防ぐことも意識した植栽が施されていました。庭は単なる鑑賞空間ではなく、暮らしを支える場所でもあったのです。 

「美しい庭」を見るだけではなく、「この庭で人はどう暮らしていたのか」という視点で巡ると、庭園の見え方も変わります。

4. 日本庭園を眺めながら一服の抹茶を!おすすめの茶室・喫茶8選

  • 兼六園「三芳庵」

  • 金沢城公園「玉泉庵」

  • 西田家庭園玉泉園

  • 兼六園「時雨亭」

  • 中村記念美術館「喫茶室」

金沢の庭園文化を語るうえで、茶道も欠かせません。加賀藩では茶の湯が盛んになり、庭園と茶室が一体となった空間が数多くつくられました。

庭を眺めながら抹茶をいただき、水の音や雨音に耳を澄ませる。そこには、単に庭を「見る」だけではない、日本庭園の楽しみ方があります。


金沢の庭園で楽しみたい茶室・喫茶

金沢城公園「玉泉庵」 :金沢城公園の玉泉院丸庭園にある茶室で、美しい庭園を眺めながら優雅なひとときを。

兼六園「時雨亭」 :江戸時代、日本で一番古いといわれる噴水前にあった御亭を移設し再現。茶室建築の第一人者・中村昌夫氏が手掛けた名建築も見どころです。

兼六園「三芳庵」 :瓢(ひさご)池のほとりで、翠滝(みどりだき)の涼やかな音を聞きながらいただく一服は格別です。

西田家庭園玉泉園「灑雪亭(さいせつてい)」 :裏千家の祖・仙叟宗室が指導したとされる金沢最古の茶室。歴史の重みを感じる空間です。

武家屋敷 寺島蔵人邸「乾泉亭」 :庭園を眺めながら、寺島家の家紋をかたどった特製の落雁とともに、画人の美意識に浸れます。

中村記念美術館「喫茶室」 :お好みの茶器を選べるのが嬉しいポイント。一面の苔庭を眺めながら、心穏やかな時間を過ごせます。

武家屋敷跡 野村家「不莫庵」 :2階の茶室から見下ろす名園は圧巻です。 

一井庵(いっせいあん):老舗料亭「大友楼」の敷地内にあり、かつて加賀藩の茶道教授所(指導場所)として使われていた由緒ある茶室。端正に整えられた露地(茶室に付随する庭)の景色を楽しみながら、加賀藩が重んじた「茶道」の歴史と品格を感じる空間です。

庭園巡りで出会う、もう一つの金沢の物語

金沢の庭園を巡る旅は、単に美しい景色を探す旅ではありません。 それは、日本海側特有の厳しい自然と向き合う知恵、豊かな水を生かす技術、 庭師や職人の研ぎ澄まされた技と美意識、そして加賀藩の武家文化に触れる旅でもあります。 


雨の日には、しっとりと濡れた苔の深緑。

冬には、雪の重みに耐え、凛と立つ雪吊り。

用水の流れを取り入れた庭では、水の音。

そして茶室では、庭を眺めながらいただく一服の抹茶。

庭園を訪ねる際には、景観だけでなく、そこに込められた知恵や、かつてこの庭で暮らした人々にも目を向けてみてください。

庭園は、金沢の歴史を「見る」だけでなく、「感じる」ための場所。

加賀百万石の武家文化と北陸の風土が育んだ金沢の庭園を、ぜひ歩いて訪ねてみてください。

 

※本記事の内容は、金沢市文化財保護課へのヒアリング、金沢市の公開情報等をもとに作成しています。 (2025年12月現在)

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  • 金箔雪吊りライトアップ
  • 西田家庭園 玉泉園
  • 長町武家屋敷跡 千田家庭園
  • 大野庄用水
  • 玉泉院丸庭園
  • 金沢城公園・玉泉院丸庭園
  • 大野庄用水
  • 武家屋敷跡 野村家
  • 西田家庭園 玉泉園
  • 長町武家屋敷跡 千田家庭園
  • 兼六園 
  • 成巽閣
  • 金沢城公園・玉泉院丸庭園
  • 3-2.【重臣(上級武士)の庭】:5万石の圧倒的な風格「松風閣庭園」
  • 旧加賀藩士高田家跡
  • 長町武家屋敷跡 千田家庭園
  • 武家屋敷 寺島蔵人邸
  • 金沢市足軽資料館

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