アートが満ちる町家宿が続々オープン
戦禍に合わず、歴史が残されている金沢。武家屋敷や商家跡など古い建物や情緒ある景観を生かした、一日一組限定、一棟貸しの「町家宿」がますます増えています。昨年末以降オープンした宿の特徴は、現代のライフスタイルに合わせて改修するだけでなく、新進気鋭の作家によるアートを融合させ、“工芸大国”ならではのカルチャーが根付く空間としている点。
北陸新幹線が金沢へ開通してから10年以上が過ぎ、2度目、3度目と金沢旅をリピートする人が増えています。定番の観光地を巡る王道のスタイルから、工芸や茶の湯文化より派生した静かな美意識を楽しむ旅へと広がりを見せています。今回は新しいローカルステイのカタチとして、感性を磨く時間を過ごすことができる「アートが満ちる町家宿」を3軒ご紹介します。それぞれの宿を彩るアーティストにもフォーカスしました。
new tradition hotel kanazawa
金沢・ひがし茶屋街の中心に築100年超の金澤町家を現代的なデザインで再生した、滞在型アートホテル。今年2月にオープン。コンセプトは「あたらしくなる伝統」。江戸時代から続く日本の美意識、おもてなしの文化、人々の暮らしが重なり合う稀有な場所として、この地を同ブランドの第一号に。ホテルをただ眠る場所ではなく、作家のうつわで自ら本格的に茶を点て味わうといった、その土地の文化や美意識に深く触れられる場所と定義。金沢では藩政時代から浸透する茶道文化をふまえ、若手作家のうつわで自ら本格的に茶を点て味わうといった体験も。全国的に縮小の傾向にある町家や伝統文化の課題解決もふまえています。
金澤町家の本質を「層」と「間」に見出し、地元の素材で現代的に再解釈。ひがし茶屋街に見られる紅殻の朱と呼応するよう、壁の色もわずかに赤みを含んだ白にするなど、随所に繊細な工夫がなされています。2階は静かに休む場所として、色を抑えた2つの寝室と小さなライブラリーを。1階は滞在中長く過ごす場所としてリビングダイニング、浴室、そしてこの宿の象徴的空間である、玄関から奥へと静かに伸びる土間の通り庭を設置。その奥行き、光の陰影のあるスペースをギャラリー空間とし、確かな系譜と技術を土台に、新しい表現へ挑戦を重ねる石川の工芸を担う次世代の作品で彩っています。
【Artists】
桐本滉平 Kohei Kirimoto(漆芸家)
1992年石川県輪島市生まれ。200年以上の歴史を持つ生家、輪島の漆器工房「キリモト」を経て独立。素地づくりから塗り、仕上げまでの工程を自ら一貫して手掛ける。漆・布・土・米を用いた乾漆技法により、野菜や果物など自然が育んだフォルムから作品をつくり上げている。この宿では蒔絵など装飾性ではなく、漆が持つ生命力や質感そのものに重きを置いた現代的な表現を探求している点に共鳴し、花器と絵画を展示。IG@kohei_kirimoto

Photos:Nanako Ono
吉田太郎 Taro Yoshita(陶芸家)
1994年石川県小松市生まれ。九谷焼の伝統的窯元「錦山窯」5代目。祖父は人間国宝、両親も陶芸家として活動。精緻な絵付、独自の色表現で知られる九谷焼において、釉薬と炎が生む偶然の表情を掘り下げた独自の作品に注目が集まっている。2,000種以上の釉薬を試し、霧や潮のような奥行きを器の肌に定着させながら、現代に馴染むアートへと昇華。宿では抹茶碗を依頼。実際に作品を手に触れて、茶を点て味わう親密な体験も叶う。IG@taro_yoshita

Photos:Nanako Ono
【Data】
住所:石川県金沢市東山1-10-2
料金:1泊1室 約¥50,000
※宿泊人数、季節により変動、金沢市宿泊税別途
チェックイン&アウト:In 15:00/out 11:00
予約可能なサイト:公式サイト、一休、booking.comほか
メールアドレス:info@newtraditionhotel.com
白間 Haku_ma
2025年12月にオープンした、金沢駅近くの築70年の町家を再生した宿。かつては橋が掛かっていた、金沢の中心へと入る静かな余白を感じる立地。その記憶を受け継ぎ、町家が重ねてきた時間の層や素材感を尊重しながら、現代の感性で再解釈しています。ゲストが日常から少し離れ、心を整えて自分自身の感覚に戻ることのできる“思索の宿”をイメージ。駅から徒歩5分という立地で、金沢市内はもちろん、北陸を巡る旅の拠点としても最適です。
空間は古い町家特有の不完全さや揺らぎを、欠点ではなく魅力として感じてもらえるよう意識。その構造や素材、気配はできる限り残しながら、過度にきれいに整えたり装飾したりはせず、光の陰影や質感、間を感じられるデザインに。侘び寂びや余白のなかにある美しさ、工芸やアートのギャラリーのような静謐さ、心の豊かさを宿の体験として表現。オーナーはフォトグラファーでもあり、カメラを構えた時に美しく映るか、光がどのように入り、陰影がどう生まれるかといった独自の視点も重視されています。金沢出身の世界的仏教哲学家・鈴木大拙の禅の思想にも影響を受け、伝統と上質な近代工芸・アートがほどけるように融合する感覚を大切に考えている宿です。
【Artists】
新城大地郎 Daichiro Shinjo(芸術家)
1992年沖縄県宮古島生まれ。民俗学者で禅僧の岡本恵昭を祖父に持ち、幼少期より身近にあった禅画からの影響もあり、墨と筆を用いた伝統的な書をベースに作品制作を行う。2024年には金沢21世紀美術館でも作品を展示。オーナーが宮古島の新城氏のギャラリーで出合った作品に感銘を受け、運命に導かれ購入。「空間に思索の深みと、感性が静かに震えるような余韻を与えてくれます。町家の静けさと現代アートの感性をつなぐ存在として、白間の空間に非常にふさわしい作品と考えました」
IG @daichiro_

ハタノワタル Wataru Hatano(和紙職人)
1971年兵庫県淡路島生まれ。多摩美術大学で油絵を学んだ後、創業800年という黒谷和紙に魅せられ修行。2000年に黒谷和紙紙漉し師として独立し、現在も京都府綾部市で制作活動を行う。和紙という日本的な素材を現代的な表現へと昇華している。以前オーナーのスタジオ空間に作品制作を依頼した縁もあり、宿の構想時から滞在体験に深い質感と豊かさを与えてくれるだろうハタノワタル作品の展示を想定。白間の空間に合う作品を探し購入していたという。IG@hatanowataru

【Data】
住所:石川県金沢市中橋町1-10
料金:1泊2名 ¥55,000~
※宿泊人数、季節により変動
チェックイン&アウト:In 16:00/out 11:00
予約可能なサイト:公式サイト、booking.com、Airbnbほか
公式サイト:https://www.haku-ma.com
御宿長町家 The Nagamachiya
観光名所、長町武家屋敷跡のほど近くに今年4月に開業した宿。大野庄用水にかかる長町四ノ橋の袂に位置し、せせらぎが心地よい風情あふれる立地。築数十年の邸宅を、金澤町家の趣に改修しています。1階はダイニング、キッチン、和室、縁側など、2階には2つの寝室とラウンジ、バスルームを備えた、約120㎡というゆったりとしたつくり。
近隣で陶芸工房とアートギャラリーを運営するCREAVAのオーナーが、長く付き合いのある知人から本邸宅を譲渡。以前より内装で使われていた金澤町家ならではの紅殻、群青、鶯色の壁色を残し、職人技を現代へと昇華した「金沢からかみ」を襖紙に。宿の外観には下見板貼を用い、外格子や飛び石のある小さな庭を設けるなど、長町の美しい景観と調和する配慮もなされています。ギャラリーが営む宿とあって、金沢・北陸にゆかりのある作家ほかオーナーコレクションの美術品を収蔵。ゲストには作品群を掲載したアートピースブックを進呈。また館内で使用できるうつわも、作家に依頼したものでアートがある豊かな暮らしを体感することができます。
【Artists】
竹村友里 Yuri Takemura(陶芸家)
1980年愛知県名古屋市生まれ。愛知県芸術大学非常勤講師。金沢で制作を行い、御宿長町家を運営する株式会社クリーヴァのアートディレクターも務める。植物や生き物、自然の風景など、生命の記憶を渦巻きや曲線で表現した陶芸作品で日常に寄り添う。この宿の群青壁の寝室「翡翠之間」に、天井を仰ぎ見る大型作品「有無 Yūmu」を設置。用水のせせらぎをモチーフにした曲線は、滞在中、時間の経過とともに光で表情が複雑に変化するのが見どころ。
IG:@yuriimage

荒谷翔 Shoh Araya(陶芸家)
1988年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻陶芸修了。2017年に金沢市で築窯。植物の灰を用いたガラス質の灰釉と磁器を中心に、澄んだ美しい陶芸作品を手掛ける。CREAVAが運営するatelier&gallery creavaで、オープン当初より定期的に個展を開催している。水をテーマにした作品が多く、宿がイメージするせせらぎのコンセプトと共鳴。一枚ずつ作家が手掛けた表情豊かな陶タイルが、バスルームやキッチンを彩り、唯一無二の空間を演出している。
IG:@shoh_araya

【Data】
住所:石川県金沢市長町1-5-23
料金:1泊2名 ¥55,000~
※宿泊人数、季節により変動、金沢市宿泊税別途
チェックイン&アウト:In 14:00~18:00/out 10:00
TEL:070-3369-5663
メールアドレス:nagamachiya.creava@gmail.com
IG:@nagamachiya