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5分でわかる金沢の魅力

歴史・風土れきし・ふうど

歴史・風土 いまも残る城下町 歴史のまち

歴史のまち
前田利家の入城以来、戦災や震災に遭うこともなく、城下町の風情をいまに残し、ゆったりとしたときの流れを感じさせる金沢のまちなみ。藩政時代の金沢は、城を中心に犀川と浅野川のふたつの川にまたがる形でまちが形成されました。当時の人口は江戸、大阪、京都に次ぐ4番目の規模であったといわれています。
  • 長町武家屋敷跡
    長町武家屋敷跡 土塀を雪から守る「こも掛け」は冬の風物詩になっている。
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    野村家
    野村家 加賀藩士・野村伝兵衛信貞の屋敷跡。アメリカの庭園専門誌が実施した日本庭園ランキングでは3位に選ばれた。
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    武士のまちぶしのまち

    百万石を超える大藩だった金沢には加賀八家(かがはっか)と呼ばれる重臣たちをはじめ、石高1万石を超える大名レベルの家臣たちがおり、城に次ぐ大きな屋敷を構えていました。周辺には加賀藩の重臣たちの屋敷が集まり、筆頭の本多氏の屋敷のあった場所は現在、県立美術館や藩老本多蔵品館、中村記念美術館などが集まる緑豊かな芸術ゾーンとして親しまれています。
    土塀と石畳が続き、江戸時代の風情を感じさせる「長町武家屋敷跡」は、加賀藩の中級武士が住んでいた界わいで、土塀や長屋門が続く細い通りや、鞍月用水、大野庄用水の流れが往時を偲ばせます。「武家屋敷跡野村家」は内部を公開しており、庭園の美しさでも知られています。「旧加賀藩士高田家跡」や「金沢市足軽資料館」でも藩政期の武士の生活をかいまみることが出来ます。「前田土佐守家資料館」では利家の次男利政を祖とし、加賀八家のひとつである前田土佐守家に伝わる美術品や古文書を公開しています。周囲には甘味処や土産店なども多く、城下町の風情を楽しみながらそぞろ歩きが楽しめる場所として人気を集めています。長町武家屋敷跡の北側には、加賀八家の村井家と長家(ちょうけ)の屋敷地があり、その跡地は玉川公園や金沢市立玉川図書館などに利用されています。

  • 寺町寺院群
    寺町寺院群 現在も約70の寺院があり、代々伝わる寺宝などを公開している寺もある。
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    小立野寺院群
    小立野寺院群 天徳院、宝円寺など、前田家と縁の深い大きな寺が多い。
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    卯辰山山麓寺院群
    卯辰山山麓寺院群 まがりくねった小路に寺が散在する趣きのあるまちなみ。芭蕉の句碑もある。
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    寺のまちてらのまち

    金沢城下の寺院は、城下町が形づくられる中で、寺町、小立野台地、卯辰山の3カ所に集められ、それぞれに寺のまちができました。 犀川にほど近い高台の「寺町寺院群」は城下最大規模の寺院群で、70を超える寺が集められました。現在も通りの両側に山門や本堂、鐘楼などを有する寺が連なり、寺町の風情が感じられます。忍者寺の別名で知られる「妙立寺」(みょうりゅうじ)など、内部を公開している寺もいくつかあります。
    「小立野寺院群」は、台地の山手と下手の2カ所に分かれており、前田家とゆかりの深い大きな寺が多いことで知られています。山手には三代藩主利常の奥方珠姫の菩提寺である天徳院をはじめ、如来寺、経王寺が、下手には初代藩主利家の厚い保護を受けた宝円寺など5つの主だった寺院が連なっています。
    「卯辰山山麓寺院群」は浅野川と隣接する卯辰山のふもとに約50の寺院が点在する城下第2の寺院群です。入り組んだ山裾にあるため、一堂に見晴らすことは難しいですが、谷間をまがりくねって進んだ先にあったり、山門へまっすぐ伸びる長い階段がある寺院など、変化に富んだ眺めです。

  • ひがし茶屋街
    ひがし茶屋街 城下町の風情を味わいながら食事やショッピングが楽しめる。
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    にし茶屋街
    にし茶屋街 犀川や寺町寺院群から歩いていける距離で、食事処や和菓子店などもある。
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    主計町茶屋街主計町茶屋街 浅野川に沿って昔ながらの料亭や茶屋が並ぶ。旧町名復活第1号としても話題に。
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    芸のまちげいのまち

    浅野川と犀川、金沢のまちなかを流れるふたつの川のそばに、金沢を代表する3つの茶屋街があります。
    「ひがし茶屋街」は1820(文政3)年に設けられ、2001(平成13)年には石川県で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。キムスコ(木虫籠)と呼ばれる繊細な格子がほどこされたお茶屋の建物が並ぶ通りは粋で華やか。明かりが灯された夜の艶やかな風情も魅力的です。お茶屋遊びは敷居が高いのですが、気軽に体験できるイベントや内部を公開している施設もあります。建物を利用したカフェやレストラン、土産物店もたくさんあり、散策だけでも十分楽しめます。
    犀川からほど近い「にし茶屋街」は、近年整備が進み、かつての風情が蘇っています。出格子が美しい茶屋が整然と並び、ガス灯や石畳がどこかハイカラな風情も感じさせます。最近は芸妓さんの数も増えて活気が感じられます。 「主計町(かずえまち)」は浅野川に沿った美しいまちなみが特徴的。商人の町として栄えた尾張町辺りの旦那衆が、大通りと主計町の間の細い小道を通ったとか。

  • 尾張町
    尾張町 昔ながらの店構えが魅力的な店もあり往時の繁栄が偲ばれる
    金石・大野のまちなみ
    金石・大野のまちなみ 北前船による海運業で栄えた面影を残す港町。醤油の町としても知られる。
    商人のまちしょうにんのまち

    金沢城のお膝元、武蔵から尾張町にかけての北国街道沿いは、藩政期には金沢の経済の中心として栄えた場所で、大店が軒を連ねていたそうです。尾張町界わいには往時の面影をとどめる老舗も並び、店先では古い道具や看板などを展示した「一品ミニ美術館」で目を楽しませてくれます。金沢のまちなかには、古い町家が今も多く残っていて、住居や店舗などに利用されています。尾張町やひがし茶屋街そばの旧観音町あたりには、建物や看板に歴史を感じさせる商家も数多く見られます。
    また、日本海に面した港町として栄えた大野や金石(旧宮腰)も魅力的な商人のまちです。漁業や海運業で栄えた大野は、海運業の衰退後は醤油醸造業が盛んになり、以来「大野醤油」は加賀の料理によく合う馴染みの味として親しまれています。最近では大きな醤油蔵を利用したギャラリーなどもつくられ人気が高まってきました。大野とならび金石にも古い町家がよく残っています。この地は、北前船交易で巨万の富を得、「海の百万石」とも称された銭屋五兵衛の本拠地でもあります。

  • 大野庄用水
    大野庄用水 長町武家屋敷跡の土塀に沿って流れ、涼しげな水音を響かせる。
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    鞍月用水
    鞍月用水 江戸時代の初期に造られた金沢市内でも古い用水のひとつ。
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    辰巳用水
    辰巳用水 約370年前に当時の最高技術で造られた。兼六園の曲水や池にも利用されている。
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    用水のまちようすいのまち

    まちをゆるやかに通りぬける用水の流れは、金沢ならではの情景です。金沢を代表する用水のひとつが辰巳用水(たつみようすい)です。江戸時代初期、金沢の町に大火が発生した後三代藩主利常の命で、城の西を流れる犀川の水を城内に取り入れて造られたのが辰巳用水です。城から約10km離れた犀川の上流から取水し、いったん低い場所へ落ちた水を逆サイフォンの原理で城へ引きあげる仕組みは、当時としては非常に高度な技術であったといわれています。現在の辰巳用水は、犀川上流の右岸、東岩で取水され、兼六園を潤し、金沢の中心部へと続いています。
    辰巳用水とともに金沢の代表的な用水は、まちなかを流れる大野庄用水(おおのしょうようすい)、鞍月用水(くらつきようすい)です。大野庄用水は、金沢で最も古い用水で、二代藩主・前田利長の命で造られたと言われています。長町武家屋敷跡周辺の土塀沿いを流れる風情豊かな様子は、城下町・金沢を象徴する風景となっています。
    鞍月用水は、香林坊など金沢の繁華街を流れ、涼しげな表情を見せています。一部区間は金沢城の外堀(西外惣構堀)にも利用され、水力を利用して、かつては製油、精米、製粉なども行われていました。今は流れに添って遊歩道やポケットパークが整備され、潤いのあるまちなみを演出しています。

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