みんなで大切につなぐ、金沢人のたしなみ
受け継がれてきた金沢の暮らしを、未来へつないでいくために。
金沢の心地よさは、歴史や文化だけでなく、自然とまちなみ、そしてそこに暮らす人々の営みが寄り添い合うことで生まれています。
住む人と訪れる人がともに大切にしていきたい、金沢に息づくたしなみを、みんなで未来へつないでいきませんか。
日常の「たしなみ」が守ってきた、加賀百万石の城下町
金沢は、藩政時代より加賀百万石の城下町として栄え、戦災や大きな自然災害を免れたことで、当時からの美しいまちなみや風景が今も残っています。それが今もなお生き生きと存在し、多くの人を惹きつけるのは、住む人の日常の中に息づくたしなみが、長い年月をかけて受け継がれているからにほかなりません。
金沢城公園、長町武家屋敷跡や茶屋街などに残る歴史的建造物は、城下町としての金沢を伝え、現代の建築とも調和して金沢らしい風景を作り出しています。日々、まちを歩いている中で出会う風景は、これまで金沢に住んできた人が大切に残してくれたからこそ見られるものなのです。
暮らしの知恵と技術が生きる、季節の移ろいを感じる景観
冬に雨や雪の多い金沢の気候から生まれた、「こも掛け」と「雪吊り」も金沢を代表する景観です。こも掛けが行われる長町武家屋敷跡界隈は、観光地として知られますが、市民の居住エリアであり、こも掛けの技術継承も含め、市民生活の中でその文化が守られてきました。雪吊りは、兼六園や観光地だけでなく、一般家庭でも行われており、冬になると金沢の至る所で見ることができます。
「用水のまち」でもある金沢。まちなかに網の目のように張り巡らされた55本の用水は、清らかな風景を生み出し、兼六園をはじめとした金沢の庭園文化を支える役割も果たすとともに、今でも消雪機能を担うなど、生活の中で使われています。
旬の恵みを五感で味わう、受け継がれるおもてなし
金沢の食といえば、日本海の海の幸、加賀野菜、伝統の発酵食など様々なものが挙げられます。北前船の寄港地でもあった金沢は、様々な文化が混ざり合い、また新鮮な食材にも恵まれて、独自の発展を遂げてきました。治部煮や鯛の唐蒸しなどに代表される加賀料理は、2025年に国の登録無形文化財となり、ますます金沢の食文化が注目されています。
海の幸の中で、加能ガニ・香箱ガニは市民からも観光客からも注目度が高く、漁が解禁される秋になると、市場は毎年その味を楽しみにしている人々で賑わいます。
また、加賀藩前田家が茶の湯を奨励したことから、茶道が根付いている金沢。日本三大和菓子処としても知られ、市民は季節ごとに金沢でしか手に入らない和菓子を買い求めます。お正月には福梅、氷室開き(毎年7月1日)には氷室まんじゅうなど、和菓子から四季の移ろいを感じ、それをお互いに贈り合う文化も続いています。
生活の中に息づく、磨き抜かれた伝統の美と技
工芸の盛んなまちとしても知られる金沢は、加賀友禅や金沢箔、九谷焼などの作家、職人が多く活躍しています。工芸は加賀料理や茶道とも深く結びつき、日常生活の中で使われることで受け継がれてきました。金沢美術工芸大学や卯辰山工芸工房などに全国から金沢にやってきた学生・研修生はそのまま金沢に住む人も多く、他分野の作家同士が交流し、新たな表現が生まれています。
金沢には「空から謡が降ってくる」という言葉があるように、能楽や加賀万歳などの伝統芸能も息づいています。ひがし、にし、主計町の3つの茶屋街では、現在も金沢芸妓が日々芸を磨き、その伝統を継承しています。
変わらないために、変わり続ける。金沢を未来へ紡いでいくために
藩政時代からの営みを大切にしてきた金沢は、時代を経る中で新しいものも取り込んできた、伝統と革新のまちでもあります。
例えば、「まちに開かれた公園のような美術館」として、市内中心部にできた金沢21世紀美術館や、金沢駅の鼓門・もてなしドームは、新たな金沢のシンボルであり、多くの人が金沢を訪れるきっかけを生み出しています。
古き良き伝統に新しさを重ね、柔軟に取り込んできた金沢。住む人の大切な文化に共感し、訪れてくれる人の運ぶ新しい風を受け入れて、これからも「ほんもの」を紡いでいきたいと思っています。
紹介したスポットをマップで見る
- 土塀こも掛け作業
- 兼六園雪吊り作業
- 金沢21世紀美術館
- 金沢駅(鼓門・もてなしドーム)
Google Mapの読み込みが1日の上限を超えた場合、正しく表示されない場合がございますので、ご了承ください。