酒の大沢:市場が心地よい場所であるために
金沢市民の台所・近江町市場で、100年以上にわたり暖簾を守る「酒の大沢」。
北陸新幹線の開業以降、市場の風景は大きく変わりましたが、店主の奥さんである大澤佳代さんの姿勢は変わりません。
一本の地酒に、食事との相性や仕込み水の物語を添えて。
観光客も地元の人も分け隔てなく接する丁寧なコミュニケーションが、金沢の風土や人の温もりを伝える架け橋となっています。
変化する時代の中で大澤さんが見据える、近江町市場の誇りと原点について伺いました。
「市民の台所」であり続けること。それが好循環の原点
北陸新幹線の開業以降、多くの観光客が訪れるようになりましたが、大澤さんは「近江町市場は『市民の台所』であり続けることが大事」と考えています。
例えば冬、地元の人が大きな源助大根や、白くきれいな鱈の子つけを買う姿を見て、観光客が「あれは何?」と興味を持つ。そこから「金沢ならではのおでん種だよ」と店先で会話が生まれ、その土地の食文化に触れていく――。 この市民と観光客の自然な「共存」こそが大澤さんの理想です。観光客向けに特化するのではなく、300年続く「市民に愛される市場」としての軸をぶらさないこと。それが豊かなコミュニケーションを生み、誰にとっても心地よい場所を作っているのです。
地酒の美味しさが繋ぐ、金沢の風土と人の縁
「金沢の地酒は、白山に降った雪や雨が、100年かけて地中深くを旅して湧き出た『伏流水』でできているんですよ」。 大澤さんが伝えるのは、お酒の銘柄説明だけでなく、その背景にある恵まれた風土の物語。
冬だけのフレッシュな新酒を求めて毎年通うファンや、復興への祈りを込めて能登の酒を選ぶ人。あるいは、市内の居酒屋や旅館で食事と共に味わい、「料理に合って美味しかったから」とお土産に求める人。 日本酒は、和食はもちろん中華やエスニックにも寄り添う最高の「食中酒」です。その一杯の感動が、「造り手を訪ねたい」「違うタイプも飲みたい」という深い興味へと繋がっていくことは、酒屋として何よりの喜びだと語ります。
一方で、地元では日本酒離れが進んでいます。外からの視線が気づかせてくれる石川の地酒の価値に触れ、地元の人たちにも、この世界に誇れる「金沢の風土」を再認識し、味わってほしい。大澤さんは、そんな好循環も願っています。
ニーズに添った最適な一本を。「誰と、どこで飲みますか?」
「ご自身用ですか? 贈り物ですか?」「今夜、ホテルで晩酌されるのですか?」。 大澤さんは、観光客であれ地元の方であれ、「誰と、いつ、どこで飲むのか」を尋ねます。それは300種類ある地酒の中から、お客様の物語に寄り添う最高の一本を見つけ出すため。金沢の食文化に合わせたペアリングはもちろん、贈答用であれば熨斗(のし)の作法まで、きめ細やかに提案します。
そんな大澤さんが商いの中で特に好きだと語るのは、「お客様にどうお声がけしようかな」と思いを巡らせる瞬間です。 会話が弾むこともあれば、お客様がじっくり選ぶ時間を大切に見守ることもある。その対話の先に、「あのお酒、おいしかったよ」と再び来店してくれる笑顔があること。その喜びの循環こそが、酒の大沢が100年愛され続ける理由なのかもしれません。
道案内も、能登への応援も。心の交差点としての「酒屋」
店頭での会話は、お酒のことだけにとどまりません。 近江町市場の後に兼六園へ向かう方には、今咲いている花や木々のことや、季節ごとに行なわれているライトアップ情報、開園時間やバス乗り場を案内するなど、金沢の旅全体が豊かになるような心配りを欠かしません。 そんな温かい交流の中で、お客様から「おいしかったからまた来たよ」と声をかけられるのが何よりの喜び。
最近では、能登の復興を願って能登の酒蔵のお酒を購入される観光客も増えているといいます。 一杯のお酒がつなぐのは、客と店主だけでなく、人の想いや、旅の思い出そのものなのです。
「生きた文化」を。300年続く市場の誇り
近江町市場の開場は1721年(享保6年)。300年以上もの間、170もの店舗が暖簾を守り続けてこられたのは、地元の市民に愛され、支えられてきたからです。 市場の朝は早い。午前3時過ぎから店先に灯りがつき、早朝から金沢市内のみならず、遠く能登や富山からもプロの料理人が真剣な眼差しで仕入れに訪れます。この「旬の良いものを、適正価格で」という揺るぎない信頼こそが、近江町市場の根幹なのです。
だからこそ大澤さんは、「あくまで市場は『市民の台所』でなければならない」という信念を持っています。 観光用に整えられたレジャースポットではなく、地元の人が信頼して買う「ほんもの」があり続けること。観光客は、その熱気と「生きた文化」に惹かれて訪れるのです。 「観光客のため」「市民のため」と区別するのではなく、ただ実直に、良いものを並べ続けること。その当たり前の日常を守り抜くことが、次の100年も愛される「心地よい場所」を作っていくはずです。
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- 近江町市場
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