
【ファッションエディター古泉洋子の美食体験記】茶の湯を新解釈した食文化「名残の金沢」後編
金沢では、蟹が解禁となる11~12月が盛り上がりをみせる時期。 単においしいだけではなく、そこには脈々と流れる文化が存在します。 先頃行われた美食イベント「名残の金沢」の体験レポート後編はモダンに進化する食の最前線を紹介します。
古くて新しい、それが金沢
戦禍に合わず、伝統が色濃く残る金沢ですが、実は古くからモダンな気質を持った土地柄。江戸時代、金沢を統治していた加賀藩祖、前田利家は進取の気性に富んでいたといいます。それは有名な観光名所として知られる、利家公と正室、お松の方を祀る尾山神社の神門に見て取れます。華やかなギアマン(ステンドグラス)に彩られた、和漢洋を折衷した珍しいデザインはいま見ても独創的な雰囲気。また古き良きまちなみに金沢21世紀美術館の先鋭的な建築物を馴染ませるなど、単に伝統を守るだけでなく革新を融合することで進化してきました。
それは食に関しても同様。由緒正しい料亭文化が残る一方、海外で修業してきた地元出身のシェフや他県から移住して店を開いた料理人らが新しい風を取り入れて、金沢の食をさらにおもしろくしています。今回の「名残の金沢」の茶道に由来する趣旨は前編でご紹介していますが、それを3人のシェフやパティシエールがどのように解釈したのか、みていきましょう。
「レスピラシオン」地元食材を洗練の演出で
金沢のなかでも勢いのある「レスピラシオン」は、この地で幼馴染みだった3人がスペインでの経験を経てスタートしたガストロノミー。この地の豊富な食材の魅力を塩分濃度や火入れなどを含め、計算し尽くした調理法で生み出す料理が提供されます。150年以上の歴史を持つ金沢町家をリノベーションした洗練空間も素敵で、県外からのリピートも絶えない人気ぶりです。
「レスピラシオン」での驚きは一点一点の食材の奥深さと、意外性のある食材との組み合わせ。梅 達郎シェフによる、今回の10皿以上のメニューは名残の食材を中心に構成されていました。金沢の料理は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という五感に響くものが多いですが、この店の食体験では五感はもちろんのこと刺激は知力にまで!それがもっともわかりやすかったのが天然岩牡蠣の一皿。能登・志賀町の沖合4~5kmの岩礁、ヨコタ礁で、水深10mほどをボンベを使わず素潜りで獲るのだとか。この漁法は潮の流れも早い地域ゆえ命の危険と背中合わせ。そういったこともあり半世紀ほど途絶えていましたが、伝統漁法を後世に残したいと2年ほど前に復活。乱獲するのではなく継続して牡蠣が育つよう、海の生態系を守る取り組みも。梅シェフは能登の食資源を守るプロジェクト、NOTOFUEにも参画し、食の豊かさを守る活動にも積極的なのです。
伺った9月末には名残の時期となる岩牡蠣は大きなサイズでぷっくりとしていて、味わいはクリアでとてもまろやか。ホエイと玉ねぎのソースがさらに膨らみを持たせ、山椒で香りづけしたオイルがさりげないアクセントに。地元の作家、森岡希世子さんによる柔らかなフォルムの真っ白な器に盛り付けられ、そこにはアリッサムという小さな花が。繊細で美しいだけでなく、シェフのこの地の食材に対する深い愛が感じられ、心も満たされる一皿でした。このほか8週間熟成した輪島のまはた、七尾の一本釣りの甘鯛、毛蟹や牡丹海老といった海鮮、肉では蝦夷鹿などで名残を取り入れ、加賀れんこん、天然舞茸、白いちぢく、門前のニラ花、能登のあんがとう農園のハーブなど地元の野菜や果物もふんだんに使われていました。始まりの一皿、オープン当初からのつくり続けているスペシャリテ「インパクト甘海老」に記された言葉 "僕たちは変わることを恐れないこの地の共鳴と未来へ" がこの店のすべてを伝えています。
レスピラシオン
金沢市博労町67
TEL:076-225-8681
スイーツ好きなまちで華開く「パティスリー ローブ 花鏡庵」
金沢の「食」のなかで外すことができないのがスイーツ。菓子類の消費金額は全国1位といわれています。最近では洋菓子的なアレンジを加えた進化系和菓子も数多く登場。そんなスイーツ好きな土地、金沢に今年オープンし、瞬く間に人気店になったのが平瀬祥子パティシエによる「パティスリー ローブ 花鏡庵」。東京・東麻布のミシュラン 一つ星のレストラン ローブでシェフパティシエを担当しながら金沢にも出店。老舗料亭の由緒ある建物をリノベーションし、ケーキの販売とカフェ営業もされています。
熊本出身の平瀬さんは金沢の食文化をとても気に入り、デザインや食材として取り入れたケーキを考案。この時期の店頭には石川県産のいちじく「黒蜜姫」とスパイスクリーム、紅茶のクリームを合わせたタルトや、加賀野菜の一つ、打木赤皮甘栗カボチャにカルダモンやシナモンを加えた滑らかなプリンのほか、「加賀ブレスト」と名付けられた加賀藩の家紋である梅鉢紋をかたどったシューに棒茶とナッツ、キャラメルのバタークリームにピーカンナッツをキャラメリゼした一品が展開されていました。この日いただいたのはお気に入りを意味する「シュシュ」というミルクチョコレートのケーキ。こっくりとしたチョコレートの豊潤な風味に、マンゴージュレとキャラメルが新鮮なハーモニー。表面のデザインに金継ぎを表現しているところも、金沢らしいあしらいです。また地元の山辺スクリーンの陶磁器用転写プレートを施したデザイン集団、seccaによるプレートに盛り付けられ、アートなプレゼンテーションが素敵でした。
パティスリー ローブ 花鏡庵
金沢市尾張町2-4-13
TEL:076-254-0903
「A_RESTAURANT」でのアートな食体験
いま金沢は食以外にアートシーンも熱く注目を浴びています。金沢21世紀美術館はもちろんのこと、個人美術館KAMUではギャラリーを点在させ回遊することで街の活性化を試みています。そんなまちにふさわしいアートな食体験ができるのが「A_RESTAURANT」。2019年にオープンし、国内外から一流のゲストシェフを招いたコラボイベントも開催するなど革新的な料理とドリンク、空間とが混ざり合ったライブ感溢れるエンターテインメントのような演出が評判に。ヘッドシェフを務める今英之さんは和食出身で、京都や札幌のほか海外の五つ星ホテルのレストランでの経験もあるのだとか。
素材名のみのメニューとともに、まずプレリュードとしてその日のコースをイメージさせるセンテンスを集積した一皿が目の前に。これから始まる時間へのワクワク感が高まります。とうがらしの皿ではローストした万願寺とうがらし、あさりの出汁、車海老のアメリケーヌソースなどをスモークのドラマティックなプレゼンテーションで。このほか柔らかなたこはグリーンマスタードやチリ、鱧は舞茸ソース、能登牛のサーロインは黒トリュフとさるなしなど。これから旬を迎える合鴨のはしりをメインに、どれも感性を刺激する意外性の料理の数々をいただきました。それぞれにペアリングされたワインも料理を引き立てるセレクトでした。
A_RESTAURANT
金沢市片町2-23-12 中央コアビル 2F
TEL:076-255-0088
メディアツアー「名残の金沢」に参加し金沢の食のジャンルの広さ、レベルの高さを再認識しました。そこには料理人の方々のこのまちを愛する心と文化意識、切磋琢磨して高めあう向上心があることも実感!美味しいものもお酒も大好きなうえ、ファッションのメディアに携わっているので海外を含めて多彩な食体験をしていますが、金沢の食は世界レベルとあらためて感じました。皆さんも文化やテロワールを感じる食体験をぜひ金沢で。