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【ファッションエディター古泉洋子の美食体験記】茶の湯を新解釈した食文化「名残の金沢」前編

金沢旅のいちばんの目的は「食」という声を多く耳にします。 それにしても、金沢にはなぜ人々を魅了する食文化が根付いているのでしょうか。 9月末から10月頭にかけて行われた茶の湯に由来する美食イベント「名残の金沢」から、理由の一端をひも解いてみたいと思います。

「名残」に込めた、もてなしの心

今回参加させていただいたイベント「名残の金沢」は、金沢市観光協会が“美食の街、金沢”をあらためて観光の重要なコンテンツとして浸透させようとメディア向けに開催されたもの。

金沢を拠点に食の未来を生み出すスタートアップ企業、OPENSAUCEが企画し実施されました。 


「名残」と聞いてすぐにイメージできたなら、きっと茶道に慣れ親しんでいる人だと思います。金沢は藩政時代、現在の茶道の源流を確立した千利休の薫陶を受けた歴史から、茶の湯が広く嗜まれています。私は学生時代を金沢で過ごしながらも、残念ながら茶道の心得がなく、呈茶を介した日本の侘び寂びを感じるおもてなしの儀式というような大まかな知識しか持っていませんでした。


茶道では器、花、掛け軸などで季節やもてなしの心を表現するといいますが、その一つが呈茶をたてるために茶釜で水を沸かす「炉」の存在。「炉」を開くのは11月~4月、5~10月の暑い時季には「炉」を閉め、「風炉(ふろ)」を用いると決まっているそうです。これは寒暖により炭の配置を変えることで客人への心遣いを示すもの。5月に摘んだ新茶を乾燥させ、茶壺に納め、「炉」の11月を皮切りに年間をかけていただきます。「風炉」の季節の最後である10月は、残り少なくなったその年の茶葉を惜しみながら使う名残”の茶事を開催。そこでは器を折衷し「寄向(よせむこう)」という形式を楽しむのだとか。今回のイベントはその茶道の習わしにちなみ、金沢の食文化の機微と多様性を表現した特別メニューで、文化の香り漂う、繊細な情緒を感じられるものでした。


食材に恵まれた金沢の食は、とにかく旬に敏感。11月の蟹解禁時期が盛況ではありますが、イベントが開催された時季はもっとも旬な「盛り」ではなく、夏の「名残」と秋の「はしり」、どちらの旬もいいとこ取りできる特別な季節だということも教えていただきました。「名残」にまつわる学びを得たところで、ここからは金沢の食の最前線を彩るプレミアムな名店のプレゼンテーションを2記事にわたり、お伝えしていきます。

日本料理 「銭屋」究極の食材の競演!

1970年創業、金沢を代表する老舗料亭、日本料理「銭屋」。ミシュラン二つ星を獲得、厳正なるルレ・エ・シャトーのメンバーでもある名店の二代目主人は髙木慎一郎さん。アマン京都 「鷹庵」の総料理長ほか、多方面で日本料理の普及、発展に務められています。信条は“メニューを持たず、お客様に出す1秒前まで料理を進化させる”。国内外の食通を唸らせているだけあって、この日の料理も圧倒的な素材のレベルの高さに驚きしかありませんでした。 


まだ暑さが残る9月末、バイ貝と糸瓜、金時草を自家製合わせ酢のジュレを添えた一品から。いずれもそろそろ時季が終わる名残の食材の取り合わせ。竹籠に花のあしらいも涼を呼ぶ演出です。続いては甘鯛のなかでも最高級の白甘鯛と松茸の椀物。こちらは逆にともに秋のはしりの食材。蒔絵を施した輪島塗の椀にはススキが描かれ、秋の訪れを伝えます。 


「銭屋」の真骨頂である鮑ステーキと新銀杏は金彩の九谷焼に、福井・若狭小浜の雲丹をカットグラスに盛り付け、折敷で提供。ここでは異なる器で「寄向」を表現されていました。身の味噌も余すところなく使った輪島産毛蟹蕎麦という美味なる変化球から、王道の能登牛のステーキ、松茸ご飯への緩急も見事。締めくくりには初競りで一房150万円!の値をつけた、地元の高級ブドウ「ルビーロマン」の宝石のような粒にうっとり。 


3時間あまりの極上の食体験は、あたかも髙木さんがタクトを振るう総合芸術、オペラを体感したかのよう。「日本料理は瞬間をいただく料理です」とは髙木さん。先に献立を見ていない=前情報がないことで、目の前に一皿が運ばれた瞬間に湧き上がる感激の大きさといったら! 金沢の料亭文化の特徴、五感に響くもてなしの粋とはこのことをいうのか……としみじみ感銘を受けた夜でした。


日本料理 「銭屋」 

金沢市片町2-29-7   

TEL:076-233-3331

https://zeniya.co.jp

食通を魅了する隠れた名店 季節料理「つばき」

市内の中心地から車で30分ほどの金沢の奥座敷として知られる湯涌温泉。季節料理「つばき」はその途中の山あいの古民家で、狩猟免許を持つ小村昭義さん親子によって営まれています。滋味あふれる山の幸を自ら採り、その日のうちに提供。腕の確かさ、鮮度の高さで国内外のイノベイティブなレストランのシェフもお忍びで通う、知る人ぞ知る店です。店内は囲炉裏を囲む落ち着きと懐かしさのある空間で、“山も近い”という金沢の立地、そして豊かな食材を調達できる理由を実感できます。 


加賀野菜の小坂れんこんとすっぽんのスープに始まり、じゅんさい、ハチノコ、鬼ぐるみ、原木なめこをシンプルに。岩魚の刺身はえごまとフェンネルを添えて肝醤油で。ごりの唐揚げには宵待草とマーロという花を。そして時季的にはそろそろ終わりになる産卵前の卵を持つ落ち鮎を焼いた名残の一品は、無類の鮎好きにとっては忘れえぬ味となりました。秋のはしりである猪や熊のジビエ料理や栗きんとんとクロモジ茶のデザートでお開き。口直しの香り紫蘇のグラニテやわずかに添えられたハーブや野草の香りは、鮮度が高いとたった1本でも印象的なアクセントになることを実感。山の恵みを余すところなくいただく、そんな名店がひっそりと存在するのも金沢の食の奥深さです。 


季節料理「つばき」 

金沢市上中町己1-2  

TEL:076-229-0010